都会に息づくレトロモダン

都会に息づくレトロモダン
高麗橋野村ビル
日本橋野村ビル
獅子像再利用
大手町野村ビル
かんてきや要
その名声が今も聞こえる名建築

旧野村財閥の創始者・野村徳七は、事業発展のためには「事業所や店舗はその立地条件はもとより、規模や構造においても最高のものでなければならない」との信念を持っていました。 近代大阪の名建築の一つとして称えられている昭和2年竣工の大阪・北浜に建つ高麗橋野村ビル、野村銀行(現・りそな銀行)の東京進出の拠点として建設した昭和5年竣工の日本橋野村ビルは、当時、高名な建築家で後に当社の初代社長に就任した安井武雄の設計によるもの。 いずれも豪壮かつ華麗で、当時の最先端技術を結集した建築物。野村徳七の精神が今も輝き続けています。

モニュメント的ビル
高麗橋野村ビル

高麗橋野村ビルは、野村殖産が昭和21年より本社を置き、当社が所有する物件のモニュメント的存在のビルです。昭和2年11月に竣工し、大胆で人目を引くデザインが施され近代大阪の名建築として讃えられています。昭和39年には7階層および塔屋を増築しました。

当時も今も堂々たる威容
日本橋野村ビル

野村徳七は野村銀行の東京進出の拠点として、東京の中心地にビルを建築することを念願しており、日本橋橋畔の土地を取得しました。そして昭和5年、日本橋野村ビルを建てました。設計には高麗橋野村ビルと同じく安井武雄が当たり、日本橋のたもとに立つ堂々とした姿は当時の人々の注目をあびたと伝えられています。その優美なデザインは今も鮮烈な輝きを放ち続けています。

歴史ある資産をより有効に

歴史ある建築物を維持・管理しながら大切に使うことはもちろんですが、その時代の特徴や面影を残しつつ次代に活用することも大切です。当社が所有する歴史ある物件の特長を最大限に生かし、未来に通用する資産として、その付加価値を高めることが私たちの役割だと考えます。

獅子像の威風を今に
獅子像再利用

大正10年に建築された旧北浜野村ビルには、悪を退治する霊力があるとされる獅子の石像をシンボルとして飾っていました。その後、老朽化に伴う建て替えで平成元年12月に新たに北浜野村ビルが竣工しましたが、旧ビルのシンボルだった獅子像をそのまま壁面に飾っています。また、他の新築物件にも旧北浜野村ビルの獅子像が再利用され、その歴史を今に伝えています。

当時のデザインを活かしたビル
大手町野村ビル

昭和16年、野村生命保険が吸収合併した日清生命保険の本社ビルと敷地を野村合名会社が取得しました。昭和7年竣工の旧日清生命会館の時計塔とそれに面するデザインを生かし、平成6年に丸の内、大手町という国際的なビジネスセンターの一角にある高層ビルに生まれ変わりました。

明治時代の日本家屋を生かして
かんてきや要

大阪では古くから「薬のまち」として親しまれている道修町。今も日本を代表する製薬会社が集まるオフィス街の中にある物件です。 築年は不詳ながら、調査により明治時代に建てられたものとされ医院兼用住宅として使用されていました。現在は、オフィス街に佇む日本家屋を再利用した店舗として有効に活用されています。

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